1 基本的義務
(1) 不動産の承継について遺言がされていない場合の申請義務
所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請しなければならないこととされました(改正不登法第76条の2第1項前段)。
当該申請義務を負う者は、法務省令で定めるところにより、登記官に対し、所有権の登記名義人について相続が開始した旨及び自らが当該所有権の登記名義人の相続人である旨を申し出ることができることとされ(改正不登法第76条の3第1項。以下同項の規定による申出を「相続人申告登記の申出」といいます。)、当該申請義務の履行期間内に相続人申告登記の申出をした者は、当該申請義務を履行したものとみなすこととされました(改正不登法第76条の3第2項)。
(2) 不動産の承継について遺言がされていた場合の申請義務
改正不登法第76条の2第1項前段の規定による申請義務については、遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により所有権を取得した者も、同様とすることとされました(改正不登法第76条の2第1項後段)。
したがって、所有権の登記名義人による遺言がされていた場合において、当該遺言により不動産の所有権を取得した者が相続人であるときは、当該相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請する義務を負うこととなります。具体的には、遺言の内容が、相続人に対する遺贈であった場合には、改正不登法第76条の2第1項後段の規定による申請義務が生ずることとなり、遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(特定財産承継遺言)であった場合
には、同項前段の規定による申請義務が生ずることとなります。
これらの申請義務についても、当該申請義務の履行期間内に相続人申告登記の申出をした者は、当該申請義務を履行したものとみなすこととされました(改正不登法第76条の3第1項・第2項)。
2 遺産分割が成立した場合の申請義務
所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により法定相続分(民法(明治29年法律第89号)第900条及び第901条の規定により算定した相続分をいう。以下同じ。)の割合に応じた所有権を取得した者は、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請する義務を負いますが、これに加えて、相続の開始後に遺産の分割があったときには、当該遺産の分割によって所有権を取得した者は、当該遺産の分割の日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請する義務を負うこととされました(改正不登法第76条の2第1項前段)。この遺産分割が成立した場合の申請義務については、次の点に留意する必要があります。
(1) 法定相続分での相続登記がされた後に遺産分割が成立した場合の追加的申請義務
法定相続分での相続登記(所有権の移転の登記)がされた後に遺産の分割があったときは、当該遺産の分割によって法定相続分を超えて所有権を取得した者は、当該遺産分割の日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請しなければならないこととされました(改正不登法第76条の2第2項)。
(2) 相続人申告登記の申出後に遺産分割が成立した場合の追加的申請義務
相続人申告登記の申出をした者は、その後の遺産の分割によって所有権を取得したとき(改正不登法第76条の2第1項前段の規定による登記がされた後に遺産の分割によって所有権を取得したときを除く。)は、当該遺産の分割の日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請しなければならないこととされました(改正不登法第76条の3第4項)。
3 代位による申請や官公署の嘱託により登記がされた場合の申請義務
代位者その他の者の申請又は嘱託により、改正不登法第76条の2第1項、第2項又は第76条の3第4項の規定による登記がされた場合には、所有権の移転の登記の申請義務について規定する当該各項の規定を適用しないこととされました(改正不登法第76条の2第3項、第76条の3第5項)。
4 過料
改正不登法第76条の2第1項若しくは第2項又は第76条の3第4項の規定による申請をすべき義務がある者が正当な理由がないのにその申請を怠ったときは、10万円以下の過料に処することとされました(改正不登法第164条)。
5 経過措置
改正不登法第76条の2の規定は、その施行日(令和6年4月1日)前に所有権の登記名義人について相続の開始があった場合についても適用することとされました。
この場合において、当該施行日前に所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日又は当該施行日のいずれか遅い日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請しなければならないこととされました。
また、遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により所有権を取得した者についても同様に、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日又は当該施行日のいずれか遅い日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請しなければならないこととされました。
さらに、法定相続分での相続登記がされた後に遺産の分割があったときは、当該遺産の分割によって法定相続分を超えて所有権を取得した者は、当該遺産分割の日又は当該施行日のいずれか遅い日から3年以内に、その所有権の移転の登記を申請しなければならないこととされました(改正法附則第5条第6項)。
過料事件の手続について
1 裁判所への通知(過料通知)
(1) 登記官は、改正不登法第76条の2第1項若しくは第2項又は第76条の3第4項の規定による申請をすべき義務に違反して改正不登法第164条の規定により過料に処せられるべき者があることを職務上知ったときは、これらの申請義務に違反した者に対し相当の期間を定めてその申請をすべき旨を催告(以下「申請の催告」という。)し、それにもかかわらず、その期間内にその申請がされないときに限り、遅滞なく、管轄地方裁判所にその事件を通知(以下「過料通知」という。)しなければならないこととされました(不動産登記規則等の一部を改正する省令(令和5年法務省令第33号)による改正後の不動産登記規則(平成17年法務省令第18号)第187条第1号)。
すなわち、違反後すぐに過料がくるわけではありません。
(2) 申請の催告は、書留郵便又は信書便の役務であって信書便事業者において引受け及び配達の記録を行う方法(申請義務に違反した者が外国に住所を有する場合にあっては、これらに準ずる方法を含む。)により別記第1号様式の催告書を送付してするものとし、当該催告において定めた期限内に登記の申請がされた場合又は当該催告の後に「正当な理由」がある旨の申告がされ、登記官において後記3のとおり確認した結果、「正当な理由」があると認めた場合には、過料通知を行いません。
2 登記官が申請の催告を行う端緒
登記官は、次に掲げるいずれかの事由を端緒として、改正不登法第76条の2第1項若しくは第2項又は第76条の3第4項の規定による申請をすべき義務に違反したと認められる者があることを職務上知ったときに限り、申請の催告を行うものとするとのことです。
① 相続人が遺言書を添付して遺言内容に基づき特定の不動産の所有権の移転の登記を申請した場合において、当該遺言書に他の不動産の所有権についても当該相続人に遺贈し、又は承継させる旨が記載されていたとき
② 相続人が遺産分割協議書を添付して協議の内容に基づき特定の不動産の所有権の移転の登記を申請した場合において、当該遺産分割協議書に他の不動産の所有権についても当該相続人が取得する旨が記載されていたとき
3 登記官による正当な理由の確認
前記第2の4の「正当な理由」の有無についての判断は、催告書において、「正当な理由」がある場合にはその具体的な事情を申告するよう求めた上で、当該申告内容その他一切の事情を総合的に考慮して行うものとするとのことです。
なお、相続登記等の申請義務の履行期間内において、次の①から⑤までのような事情が認められる場合には、それをもって一般に「正当な理由」があると認められます。もっとも、これらに該当しない場合においても、個別の事案における具体的な事情に応じ、申請をしないことについて理由があり、その理由に正当性が認められる場合には、「正当な理由」があると認めて差し支えないとのことです。
① 相続登記等の申請義務に係る相続について、相続人が極めて多数に上り、かつ、戸籍関係書類等の収集や他の相続人の把握等に多くの時間を要する場合
② 相続登記等の申請義務に係る相続について、遺言の有効性や遺産の範囲等が相続人等の間で争われているために相続不動産の帰属主体が明らかにならない場合
③ 相続登記等の申請義務を負う者自身に重病その他これに準ずる事情
がある場合
④ 相続登記等の申請義務を負う者が配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)第1条第2項に規定する被害者その他これに準ずる者であり、その生命・心身に危害が及ぶおそれがある状態にあって避難を余儀なくされている場合
⑤ 相続登記等の申請義務を負う者が経済的に困窮しているために、登
記の申請を行うために要する費用を負担する能力がない場合
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